詩篇100:1 全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。
100:2 喜び祝い、主に仕え喜び歌って御前に進み出よ。
100:3 知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた。わたしたちは主のもの、その民主に養われる羊の群れ。
100:4 感謝の歌をうたって主の門に進み賛美の歌をうたって主の庭に入れ。感謝をささげ、御名をたたえよ。
100:5 主は恵み深く、慈しみはとこしえに主の真実は代々に及ぶ。
気候の良い季節になると、決まって大勢の観光客が押し寄せてくる。
そして、無断でバイブルキャンプの敷地に入り、くつろいだり、サッカーをして遊んだりする人たちが現れる。
特に最近、マナーの悪い観光客が増えている。
むげにお断りをするのも了見が狭いように思われるが、黙想のために利用しておられるお客様がいらっしゃる時などは、事情を説明して、施設内への立ち入りをご遠慮して頂くようにしている。
時々、垣根を張り巡らし、関係者以外立ち入り禁止等の立て札をたてようかと思うことさえある。
しかし、我々も神の創られた自然の恵みを享受している者。
施設の所有権を主張しても、自然の恵みは全ての人に享受されるべきものではないか。
そこで思う。
主の庭に入るとは、どういうことなのかと。
クリスチャンにならなければ、この施設に入ることはできないし、恵みに与ることができないといのでは、いったい、誰が救われるのだろうか。
もちろん、料金を払って施設を利用される方がいる以上、そこはきちんと区別をしていかねばならないが、神の救いの恵みは、全ての人に開かれたものである。
マナーの悪い観光客に対し、主なる神様がどう思っていらっしゃるかということを考えながら、一人一人に相対しながら、機を見て伝道するというのもいいかもしれないと思う。
人は受け入れられることを通して、神に受け入れられているという事実を受け入れるようになるのだから。