詩篇98:1新しい歌を主に向かって歌え。主は驚くべき御業を成し遂げられた。右の御手、聖なる御腕によって主は救いの御業を果たされた。
98:2 主は救いを示し恵みの御業を諸国の民の目に現し
98:3 イスラエルの家に対する慈しみとまことを御心に留められた。地の果てまですべての人はわたしたちの神の救いの御業を見た。
98:4 全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。歓声をあげ、喜び歌い、ほめ歌え。
98:5 琴に合わせてほめ歌え琴に合わせ、楽の音に合わせて。
98:6 ラッパを吹き、角笛を響かせて王なる主の御前に喜びの叫びをあげよ。
98:7 とどろけ、海とそこに満ちるもの世界とそこに住むものよ。
98:8 潮よ、手を打ち鳴らし山々よ、共に喜び歌え
98:9 主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き諸国の民を公平に裁かれる。
私たちが神を賛美するのは、何ゆえであるか。
その理由について、「主は驚くべき御業を成し遂げられた」からであると述べられている。
しかし、その驚くべき御業とは、私たちの救いに関するものであり、この私が救われたという事実が、本来、ありえないほどの驚くべき御業であるということを示していると言える。
つまり、それほどに許しがたい罪人であったこの私が、本来ありえないほどの大きな犠牲を神ご自身が御自分の命を持って差し出したことで成し遂げられたことを示している。
だからこそ、私たちは賛美をささげる。
賛美が上手であるか下手であるか、好きであるか嫌いであるか、そのような尺度で賛美を取り扱うのではなく、「賛美せずにはいられない」ものであるということを覚え、できうる限りの賛美を神に向かって歌いたいと思わされる。
連休に行われる賛美のキャンプも、そういう意味で楽しみの一つである。