詩篇96:1 新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。
96:2 主に向かって歌い、御名をたたえよ。日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。
96:3 国々に主の栄光を語り伝えよ諸国の民にその驚くべき御業を。
96:4 大いなる主、大いに賛美される主 神々を超えて、最も畏るべき方。
96:5 諸国の民の神々はすべてむなしい。主は天を造られ
96:6 御前には栄光と輝きがあり聖所には力と光輝がある。
96:7 諸国の民よ、こぞって主に帰せよ栄光と力を主に帰せよ。
96:8 御名の栄光を主に帰せよ。供え物を携えて神の庭に入り
96:9 聖なる輝きに満ちる主にひれ伏せ。全地よ、御前におののけ。
96:10 国々にふれて言え、主こそ王と。世界は固く据えられ、決して揺らぐことがない。主は諸国の民を公平に裁かれる。
96:11 天よ、喜び祝え、地よ、喜び躍れ海とそこに満ちるものよ、とどろけ
96:12 野とそこにあるすべてのものよ、喜び勇め森の木々よ、共に喜び歌え
96:13 主を迎えて。主は来られる、地を裁くために来られる。主は世界を正しく裁き真実をもって諸国の民を裁かれる。
週末に行われる集会のために、どんな賛美を用いたらよいかと考える。
80歳代の方と、子供たちが一緒に礼拝を捧げる。
歌詞の内容が簡単なもので、誰でも歌いやすいもの。
そうすると、いつも同じような賛美になる。
礼拝でもそうかもしれない。
いつも同じメンバー、いつも同じ会堂、知らない曲は歌いにくいから、いつも同じ賛美。
しかし、違うものがある。
それは、その日、その時であるということ。
礼拝は、いつも一度きり、その場限りのものである。
だから、同じ会衆、同じ賛美を捧げているように見えても、いつもその時々の礼拝なのだ。
むしろ、私たちは、日から日へと賛美の歌を歌いながら、主の御救いを告げ知らせるのである。
新しい日に、新しい賛美を捧げよう。
いつも同じ賛美でも構わないではないか。