コヘレト9章1~6節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

コヘレト9:1 わたしは心を尽くして次のようなことを明らかにした。すなわち善人、賢人、そして彼らの働きは神の手の中にある。愛も、憎しみも、人間は知らない。人間の前にあるすべてのことは
9:2 何事も同じで同じひとつのことが善人にも悪人にも良い人にも清い人にも不浄な人にもいけにえをささげる人にもささげない人にも臨む。良い人に起こることが罪を犯す人にも起こり誓いを立てる人に起こることが誓いを恐れる人にも起こる。
9:3 太陽の下に起こるすべてのことの中で最も悪いのは、だれにでも同じひとつのことが臨むこと、その上、生きている間、人の心は悪に満ち、思いは狂っていて、その後は死ぬだけだということ。
9:4 命あるもののうちに数えられてさえいればまだ安心だ。犬でも、生きていれば、死んだ獅子よりましだ。
9:5 生きているものは、少なくとも知っている自分はやがて死ぬ、ということを。しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく彼らの名は忘れられる。
9:6 その愛も憎しみも、情熱も、既に消えうせ太陽の下に起こることのどれひとつにももう何のかかわりもない。

善人にも悪人にも、等しくもたらされるものがある。
それは紛れもない「死」という現実である。
これは誰も疑う余地のないものであろう。
しかし、それと同じくらい、全ての人に等しく存在するものがある。
それは「罪」の現実である。
しかし、多くの人がそれを知ろうとはしない。
おそらく、多少は気がついているのかもしれないが、それを認めようとしない。
認めようとしないところに罪があうのだが。

もう一つ、全ての人に等しく向けられているものがある。
それは、神の愛である。
神の愛は、私たちを救うことの出来る唯一のもの。

ローマ6:23 罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです。