コヘレト7章1~14節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

コヘレト7:1 名声は香油にまさる。死ぬ日は生まれる日にまさる。
7:2 弔いの家に行くのは酒宴の家に行くのにまさる。そこには人皆の終りがある。命あるものよ、心せよ。
7:3 悩みは笑いにまさる。顔が曇るにつれて心は安らぐ。
7:4 賢者の心は弔いの家に愚者の心は快楽の家に。
7:5 賢者の叱責を聞くのは愚者の賛美を聞くのにまさる。
7:6 愚者の笑いは鍋の下にはぜる柴の音。これまた空しい。
7:7 賢者さえも、虐げられれば狂い賄賂をもらえば理性を失う。
7:8 事の終りは始めにまさる。気位が高いよりも気が長いのがよい。
7:9 気短に怒るな。怒りは愚者の胸に宿るもの。
7:10 昔の方がよかったのはなぜだろうかと言うな。それは賢い問いではない。
7:11 知恵は遺産に劣らず良いもの。日の光を見る者の役に立つ。
7:12 知恵の陰に宿れば銀の陰に宿る、というが知っておくがよい知恵はその持ち主に命を与える、と。
7:13 神の御業を見よ。神が曲げたものを、誰が直しえようか。
7:14 順境には楽しめ、逆境にはこう考えよ人が未来について無知であるようにと神はこの両者を併せ造られた、と。

最近、我が家では子供たちの間で将棋がブームになっている。
しかし、どうしても勝ちたい心がはやってしまい、時にはイライラしたり、涙したりすることもある。
怒ったり泣いたりするのは、マナー違反だと教えてやるのだが、なかなか勝ちたい心を制することは子どもには難しいのかもしれない。
しかし、負けることから学ぶ事も多く、将棋に強くなるためには避けて通れない、むしろ、必要なことであろう。勝負をする限り、負けはつきものだから。
いさぎよく自分の負けを認めることは、視野を広げ、あらゆる事柄を受け入れていく心を養ってくれるのではないだろうか。
将棋に負けたとき「ありがとうございました」と言って互いに礼をすることがマナーであるという。
人生もこれに似ているのではないだろうか。
人生は勝つ事だけが全てではない。
むしろ、負けることの中から多くのことを学んでいく。
そして、どんな境遇にあっても、感謝する心を忘れないでいたい。
人生を深く味わいながら過ごしたいものである。