イスラエルの民らは、主なる神様に対し、不遜な態度をもって礼拝を捧げつつ、自分達がどのようにして神を軽んじたというのかといってつぶやいている。
そこにあるのは、もはや神を畏れ敬うような態度とは程遠い、自分の考えこそが正しいと言わんばかりの傲慢さであるといえよう。
人間は、どんなに優れたものであっても、所詮神に創られた被造物にすぎない。そのような神に創られたものとしての正しい礼拝の姿勢は、おのずと、謙遜なものとなるはずである。
礼拝に臨む前に、まずそのことを確認し、己の罪を悔い改めて、神のみまえに進み出たいものである。