1テモテ2:8 だから、わたしが望むのは、男は怒らず争わず、清い手を上げてどこででも祈ることです。
2:9 同じように、婦人はつつましい身なりをし、慎みと貞淑をもって身を飾るべきであり、髪を編んだり、金や真珠や高価な着物を身に着けたりしてはなりません。
2:10 むしろ、善い業で身を飾るのが、神を敬うと公言する婦人にふさわしいことです。
2:11 婦人は、静かに、全く従順に学ぶべきです。
2:12 婦人が教えたり、男の上に立ったりするのを、わたしは許しません。むしろ、静かにしているべきです。
2:13 なぜならば、アダムが最初に造られ、それからエバが造られたからです。
2:14 しかも、アダムはだまされませんでしたが、女はだまされて、罪を犯してしまいました。
2:15 しかし婦人は、信仰と愛と清さを保ち続け、貞淑であるならば、子を産むことによって救われます。
3:1 この言葉は真実です。
この箇所は、教会の中でもいろいろと解釈の違いがあったり、様々な議論の対象となりやすい御言葉の一つであろうことは確かである。
しかし、ここに記されている御言葉がどういう意味を持つにせよ、聖書に記された神の御言葉であるということは事実である。
そして、神の御言葉を語る者は、当然、この御言葉に対する敬意、尊厳、信頼を持って語るべきである。
疑いの余地は、私的な思いを当てはめるべきではない。
「この言葉は真実です」とあえて、パウロが付け加えていることも重要なことであろう。
この言葉は真実なのだ。
何ら疑いの余地も、私的な解釈をはさむ余地もない、真実な言葉である。
それが神の言葉である聖書に対する信仰者の態度であろう、と私は信じる。