エレミヤ30:4 次の言葉は、イスラエルとユダについて、主が語られたものである。
30:5 主はこう言われる。戦慄の声を我々は聞いた。恐怖のみ。平和はない。
30:6 尋ねて、見よ男が子を産むことは決してない。どうして、わたしは見るのか男が皆、子を産む女のように腰に手を当てているのを。だれの顔も土色に変わっている。
30:7 災いだ、その日は大いなる日このような日はほかにはない。ヤコブの苦しみの時だしかし、ヤコブはここから救い出される。
30:8 その日にはこうなる、と万軍の主は言われる。お前の首から軛を砕き、縄目を解く。再び敵がヤコブを奴隷にすることはない。
30:9 彼らは、神である主と、わたしが立てる王ダビデとに仕えるようになる。
30:10 わたしの僕ヤコブよ、恐れるなと主は言われる。イスラエルよ、おののくな。見よ、わたしはお前を遠い地からお前の子孫を捕囚の地から救い出す。ヤコブは帰って来て、安らかに住む。彼らを脅かす者はいない。
30:11 わたしがお前と共にいて救うと主は言われる。お前が散らされていた国々をわたしは滅ぼし尽くす。しかし、お前を滅ぼし尽くすことはない。わたしはお前を正しく懲らしめる。罰せずにおくことは決してない。
30:12 主はこう言われる。お前の切り傷はいえず打ち傷は痛む。
30:13 お前の訴えは聞かれず傷口につける薬はなくいえることもない。
30:14 愛人たちは皆、お前を忘れ相手にもしない。お前の悪が甚だしく罪がおびただしいのでわたしが敵の攻撃をもってお前を撃ち過酷に懲らしめたからだ。
30:15 なぜ傷口を見て叫ぶのか。お前の痛みはいやされない。お前の悪が甚だしく罪がおびただしいのでわたしがお前にこうしたのだ。
30:16 それゆえ、お前を食い尽くす者は皆、食い尽くされる。お前の敵は皆、捕囚となる。お前を略奪する者は、略奪され強奪する者は、皆、強奪される。
30:17 さあ、わたしがお前の傷を治し打ち傷をいやそう、と主は言われる。人々はお前を、「追い出された者」と呼び「相手にされないシオン」と言っているが。
30:18 主はこう言われる。見よ、わたしはヤコブの天幕の繁栄を回復しその住む所を憐れむ。都は廃虚の丘の上に建てられ城郭はあるべき姿に再建される。
30:19 そこから感謝の歌と楽を奏する者の音が聞こえる。わたしが彼らを増やす。数が減ることはない。わたしが彼らに栄光を与え、侮られることはない。
30:20 ヤコブの子らは、昔のようになりその集いは、わたしの前に固く立てられる。彼らを苦しめるものにわたしは報いる。
30:21 ひとりの指導者が彼らの間から治める者が彼らの中から出る。わたしが彼を近づけるので彼はわたしのもとに来る。彼のほか、誰が命をかけてわたしに近づくであろうか、と主は言われる。
30:22 こうして、あなたたちはわたしの民となりわたしはあなたたちの神となる。
30:23 見よ、主の怒りの嵐が吹く。嵐は荒れ狂い神に逆らう者の頭上に吹き荒れる。
30:24 主の激しい怒りは思い定められたことを成し遂げるまではやまない。終わりの日に、あなたたちはこのことを悟る。
主なる神様が語られたイスラエルの回復の約束には、明確に、主なる神様が立てられた救い主、すなわち、イエス・キリストの出現されることが預言されている。
しかも、そのイスラエルを回復するとき、主ご自身が共にいてくださるとも語られているのである。
つまり、主は御子キリストを救い主として送られるが、それが主ご自身でもあるということなのだ。
主なる神ご自身が直接救いの御業を成し遂げられるのだから、その約束は真実以外の何物でもない。
しかし、そのために必ず受けなければならない苦しみもある。
しいて言うならば、悔い改めの時であろう。
イスラエルの民が、真の回復のときを迎えるために、バビロンへの捕囚の試練を通らなければならなかったように、私たちも悔い改めの時を通らなければならない。悔い改めを避けていては、その後に訪れる至福の祝福のときを迎えることができないからである。
そして、その悔い改めとは、私の罪のために主イエス様が十字架で死なれたことを信じることにほかならない。
そこに、本当の幸いがあることを覚え、真実の解放に与るために、罪に囚われている事実を認め、悔い改め、そして、主イエス・キリストの十字架による救いの素晴らしさをほめたたえるものとなりたいものである。