ヨハネ7章40~44節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨハネ7:40 この言葉を聞いて、群衆の中には、「この人は、本当にあの預言者だ」と言う者や、
7:41 「この人はメシアだ」と言う者がいたが、このように言う者もいた。「メシアはガリラヤから出るだろうか。
7:42 メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖書に書いてあるではないか。」
7:43 こうして、イエスのことで群衆の間に対立が生じた。
7:44 その中にはイエスを捕らえようと思う者もいたが、手をかける者はなかった。

「メシアはガリラヤから出るだろうか。メシアはダビデの子孫で、ダビデのいた村ベツレヘムから出ると、聖書に書いてあるではないか。」

一見したところ、聖書の御言葉によく通じていて、メシアの到来を待ち望んでいる者の発言のように見える。
しかし、その意図は、イエス様がメシアではないということを主張するための聖書の引用であり、聖書を否定するための聖書引用であると言える。

聖書の言葉、意味、歴史など、詳しく調査、研究するのは悪いことではない。
しかし、聖書を否定するために聖書を研究する意味は、一体どこにあるのだろうか。
それは、神に対する敵対心の表れに過ぎない。

だから、聖書は、信じて読むか、最初から読まないか、どちらかである。
疑いを持って読むならば、読む意味はない。
全て100パーセント信じて聖書を読みたいものだ。