ヨブ17章1~16節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨブ17:11 わたしの人生は過ぎ去りわたしの計画も心の願いも失われた。
17:12 夜は昼となり暗黒の後に光が近づくと人は言うが
17:13 わたしは陰府に自分のための家を求めその暗黒に寝床を整えた。
17:14 墓穴に向かって「あなたはわたしの父」と言い蛆虫に向かって「わたしの母、姉妹」と言う。
17:15 どこになお、わたしの希望があるのか。誰がわたしに希望を見せてくれるのか。
17:16 それはことごとく陰府に落ちた。すべては塵の上に横たわっている。

ヨブは、多くの苦しみの中にあって、もはや自分の人生は終わりを遂げ、死者の行くべき陰府に横たわっているも同然であると嘆いている。
それほど、絶望的であったということを示しているのだろう。
しかし、ユダヤの人たちにとって、陰府とは、死者の世界であり、復活の希望がなかったわけではない。にもかかわらず、ヨブがこれほどの絶望を口にしているのは、地上での生涯があまりにも苦しく、神に裁かれたも同然であると考えたからなのだろう。
暗黒の後に光が近づくと教えたのは、ヨブの友人たちであったかもしれないが、ヨブ自身、この言葉を使っていること自体、その先に希望があることを見失ってはいなかったのだろう。あるいは、わずかな望みに託していたのかもしれない。
そう思う時、試練の中でついついつぶやいてしまう私たちも、口では絶望をつぶやきながら、心のどこかでわずかな希望を抱きつづけているのだろう。
神の形に似せて人が創られたのであるからこそ、人は最後まで望みを捨てようとはしないのかもしれない。
そうだとするなら、もっと積極的に神に求め、希望を見出していけるようになりたい、と私は思う。