使徒9:15 すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。
9:16 わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」
9:17 そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」
9:18 すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、
9:19 食事をして元気を取り戻した。サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、
9:20 すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。
9:21 これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」
9:22 しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。
本日は、使徒パウロの日となっている。
あの偉大な伝道者パウロを覚える日。
パウロの召しは、他の使徒たちとは少々異なり、イエス様が天に昇られてから後のことである。そういう意味では、現代の私たちが、自分の救いや召しについて考える時、パウロの召しに注目することは重要である。
パウロは、異邦人に福音を宣べ伝えるために召された使徒である。
そして、その召しに従って、彼は数々の試練、困難をも乗り越えて、イエス・キリストによる救いの約束という福音のメッセージを宣べ伝えていった。
召しとは、召された事実よりも、その働き、目的が重要なのである。
クリスチャンとなったことに甘んじるのではなく、なぜ主が私をお選びになったのかを考え、私にできる福音宣教の働きを担っていきたいと願うものである。