ヨブ7:15 わたしの魂は息を奪われることを願い骨にとどまるよりも死を選ぶ。
7:16 もうたくさんだ、いつまでも生きていたくない。ほうっておいてくださいわたしの一生は空しいのです。
7:17 人間とは何なのか。なぜあなたはこれを大いなるものとしこれに心を向けられるのか。
7:18 朝ごとに訪れて確かめ絶え間なく調べられる。
7:19 いつまでもわたしから目をそらされない。唾を飲み込む間すらもほうっておいてはくださらない。
7:20 人を見張っている方よわたしが過ちを犯したとしてもあなたにとってそれが何だというのでしょう。なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。なぜ、わたしを負担とされるのですか。
7:21 なぜ、わたしの罪を赦さず悪を取り除いてくださらないのですか。今や、わたしは横たわって塵に返る。あなたが捜し求めてもわたしはもういないでしょう。
自分の生まれた日を呪い、自分の存在を呪い始めたヨブは、やがて、人間そのものの存在理由をもつぶやき始めてしまいます。
しかし、このつぶやきの言葉、ヨブのみならず、多くのこの世に生きる人間が共通して抱えている悩みを表現しているものなのかもしれません。
意味もなく存在し、やがて死に絶えていくようなこの私に、生きている意味がどこにあるのか、と。
しかし、このような悩みは、神を知らず、神から離れている時に出てくる共通したつぶやきであります。
そして、そのつぶやきの答え「人間とは何物か」に対する答えは、神のもとに立ち返り、神と共に生きる時、はじめて見えてくるものであります。
ですから、つぶやきが出てくる時こそ、切に神に尋ね求め、あきらめずに祈りつづけることが大切なのでしょう。
少なくとも、ヨブはその姿勢を失ってはいませんでした。