ヨブ8:1 シュア人ビルダドは話し始めた。
8:2 いつまで、そんなことを言っているのか。あなたの口の言葉は激しい風のようだ。
8:3 神が裁きを曲げられるだろうか。全能者が正義を曲げられるだろうか。
8:4 あなたの子らが神に対して過ちを犯したからこそ彼らをその罪の手にゆだねられたのだ。
8:5 あなたが神を捜し求め全能者に憐れみを乞うなら
8:6 また、あなたが潔白な正しい人であるなら神は必ずあなたを顧みあなたの権利を認めてあなたの家を元どおりにしてくださる。
8:7 過去のあなたは小さなものであったが未来のあなたは非常に大きくなるであろう。
8:8 過去の世代に尋ねるがよい。父祖の究めたところを確かめてみるがよい。
8:9 わたしたちはほんの昨日からの存在で何も分かってはいないのだから。地上での日々は影にすぎない。
人間の存在の意味まで呪いはじめたヨブに対し、友人のビルダデは、いつまでそんなこととつぶやいているのか、あなたが潔白で正しい人であるというのなら、さっさと神に助けを求めれば良いではないかと責めたてます。
しかし、彼の主張も、やはり、ヨブがこのようになったのは、ヨブの子供たちが罪を犯したからであると断言していて、9節で語っているように「わたしたちは、何もわかっていない」という言葉と矛盾していることに気がついていません。
そう、わたしたちは、本当は何もわかっていない者なのです。何もわかっていないのに、何もかも知っているかのように思い込んでしまうのです。
9章では、このビルダデの責めに対し、ヨブ自身も「それは私もわかっている」と、同様の態度を示しており、結局のところ、ヨブもビルダデも、なぜこうなったのかという理由について、真実を知らないままに、自分の考えに頼り、そこから離れることができず、苦しんでいるということなのでしょう。
そう考えるとき、9節の「わたしたちはほんの昨日からの存在で何も分かっていないのだから。」という言葉は、その通りであり、そのことを真に悟っているかどうかが大切なのだろうと思います。
何が真実であるか。
その答えは、ただ神の御言葉の中にあり、聖書の御言葉の中に語られているということを覚えたいものです。