ルカ9:49 そこで、ヨハネが言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちと一緒にあなたに従わないので、やめさせようとしました。」
9:50 イエスは言われた。「やめさせてはならない。あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである。」
かつてイスラエルの民がその数を増やし、モーセ一人では彼らのすべてを裁き切れなくなったとき、部族ごとに賢明で思慮深く、経験に富む者たちを選び、彼らに裁きの権威を委譲したことが申命記1章9~18節のところに記されています。
このとき、モーセは、全てのことを自分が支配し、管理するよりは、人々信頼し、権威を委ねていくことを選び、結果として、全体を上手くまとめることができたのです。
イエス様の弟子たちも、召されたこと自体に誇りを持ち、次第に本来の働きの意味を見失いつつあったのかもしれません。
しかし、主の御心は、すべての人の救いであり、一人でも多くの人々に救いの言葉が宣べ伝えられていくことにあります。
そのためには、一人で何もかも抱えきらないで、重荷を分け合いつつ、共に働きを担って行くことができる方法を選んで行きたいと願わされます。
主の教会とは、そのような共同体なのです。