申命記22:22 男が人妻と寝ているところを見つけられたならば、女と寝た男もその女も共に殺して、イスラエルの中から悪を取り除かねばならない。
22:23 ある男と婚約している処女の娘がいて、別の男が町で彼女と出会い、床を共にしたならば、
22:24 その二人を町の門に引き出し、石で打ち殺さねばならない。その娘は町の中で助けを求めず、男は隣人の妻を辱めたからである。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。
22:25 もしある男が別の男と婚約している娘と野で出会い、これを力ずくで犯し共に寝た場合は、共に寝た男だけを殺さねばならない。
22:26 その娘には何もしてはならない。娘には死刑に当たる罪はない。これは、ある人がその隣人を襲い、殺害した場合と同じような事件である。
22:27 男が野で彼女に出会い、婚約している娘は助けを求めたが、助ける者がいなかったからである。
22:28 ある男がまだ婚約していない処女の娘に出会い、これを捕らえ、共に寝たところを見つけられたならば、
22:29 共に寝た男はその娘の父親に銀五十シェケルを支払って、彼女を妻としなければならない。彼女を辱めたのであるから、生涯彼女を離縁することはできない。
23:1 だれも父の妻をめとって、父の衣の裾をあらわにしてはならない。
聖書は、姦淫の罪に対して、きわめて明確に悪いことであると告げています。
そして、そのような罪を犯した者は殺されなければならないとまで言われています。
夫婦が互いに愛し合い、その愛すべき関係を守るということ、これは社会や家庭が健全であるためになくてはならない大切な要素であり、それは、いつの時代にも、またどの国であっても言えることであるはずです。人間として、守らなければならないことなのでしょう。
そのために、これほどまでの厳しい戒めの言葉が語られているのでしょう。
しかし、残念ながら、人は罪を犯すものです。
そして、それゆえ、その罪の責任を負うために主イエス様はご自分の命を捧げられたのです。
ヨハネ8:1 イエスはオリーブ山へ行かれた。
8:2 朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。
8:3 そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、
8:4 イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。
8:5 こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」
8:6 イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。
8:7 しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」
8:8 そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。
8:9 これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。
8:10 イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」
8:11 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」〕
イエス様は、この女性に対し「わたしもあなたを罪に定めない」と仰せられました。それが言えるのは、十字架で死なれたイエス様だけです。
そして、「これから、もう罪を犯してはならない」とも仰せられます。
イエス様の大きな愛と赦し、そしてお勧めを受け、誠実な愛に生きて行きたいと思わされるものです。
全ての家庭が主にあって祝福されますように。