ルカ21章7~19節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルカ21:7 そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」
21:8 イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。
21:9 戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」
21:10 そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。
21:11 そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。
21:12 しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。
21:13 それはあなたがたにとって証しをする機会となる。
21:14 だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。
21:15 どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。
21:16 あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。
21:17 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。
21:18 しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。
21:19 忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

イエス様は、エルサレム神殿の崩壊に続いて、それらの出来事の前兆となるであろう事柄について語られています。
それは、世界の混乱と同時に、人々の心の荒廃を表していると言えます。
人が人を憎み、助け合いの心は失われ、愛を知る者の方が迫害を受けることになってしまうのかもしれません。
そのような時、私たちの信仰が試されることになります。

「たとえ髪の毛一本でも、決して失われることはない」という信仰。
それは、主イエス様の救いの約束の故に確かなものとされている、復活の命、永遠の命への信頼があればこそ持ちうる信仰であり、そのような信仰が、最期まで私たちを励ましてくれることでしょう。
時は確実に近づいているのかもしれません。
恐れないで、主イエス様の御言葉に信頼して歩みたいものです。