申命記7章1~5節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記7:1 あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い、
7:2 あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。
7:3 彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。
7:4 あなたの息子を引き離してわたしに背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである。
7:5 あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払うことである。

主なる神様は、約束の地へと進出していこうとするイスラエルの人達に、その土地に住む者たちを全て滅ぼすよう命じられました。
なんと厳しい命令であろうかと思うのですが、それほど、人間とは誘惑に弱い者なのだということなのでしょう。
どんなに強い意志を持った人間でも、ちょっとしたことがきっかけで誘惑に負け、神の御心を損ない、信仰から離れていく危険性があることを覚えなければなりません。
だから、厳しすぎると思えるほどの徹底ぶりが、かえって良いのかもしれません。

今、私自身の置かれている環境を振り返って見て、あるいは、これから進もうとしている領域において、私を神様から引き離そうとするものがないかどうか、よくよく吟味しながら、あえて、厳しい道を歩んでいくくらいの慎重さで進むのが良いだろうと思わされました。
なかなか難しいことですが、常に、イエス様の十字架を見上げつつ、決して離されることのない約束に信頼しつつ。

ローマ8:35 だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
8:36 「わたしたちは、あなたのために一日中死にさらされ、屠られる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
8:37 しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
8:38 わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、
8:39 高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。