強く、雄々しくあれ | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

日時:2007年1月7日
聖書箇所:ヨシュア1章、3章

新年明けましておめでとうございます。
本年も、貧しい者の分かち合いではありますが、よろしくお願いします。

さて、今年、今年度の目標をどのようにしようかと考えていたところ、ヨシュア記の「強く、雄々しくあれ」という御言葉が与えられ、今年はこのスローガンで行こうと思っていたところ、ちょうど1月7日の成長のテキストと全く同じでした。偶然というとか、まさに主の御心なのだと思わされました。
さて、本日の箇所の成長の解説によりますと「民に命じるヨシュア」の項目の所に「ヨシュアはすぐに主の命令に応答したようである。11節から、主の約束を確信したヨシュアの信仰を見て取ることができる。ヨルダン川を渡って進んでいくことも約束の地を所有することも、新しい命令として語られているのではない。それはむしろ事実として語られているのであって、ヨシュアが民に命じたのは糧食の準備をすることである。主の命令に応答するために、自分たちのなすべき分を正しく果たすことである。」と記されていて、このことは、とても意義深いことを教えてくれているように思います。つまり、ヨシュアは神様の命令に従ったというよりも、ヨシュアは神様の導き通りに行動しただけであり、これを「事実として語られている」ということは、そこに、何等、疑いを挟む余地などなかったということなのではないでしょうか。
11節の表現で興味深いのは、「あなたたちは、あと三日のうちに、このヨルダン川を渡る。あなたたちの神、主が得させようとしておられる土地に入り、それを得る。」(新共同訳)と記されているように、「ヨルダン川を渡る」「土地を得る」と、これらのことが確実に「成る」こととして語られていることです。ヨシュアの信仰とは、つまり、神様の宣言そのものであり、神様が仰せられたのだから、その通り「成る」というものであったということなのです。
文法的には、「神が(あなたがたに)相続させるために土地を与える、(その土地に)あなたがたは三日のうちに、(その土地を)相続するためにヨルダンを渡る」となり、「与える」という言葉と「渡る」という言葉が、神様の約束と、それに応じるヨシュアらの信仰の態度ということになるのでしょう。
それは、いずれも、現在進行形の形で表記されており、着実に神の御心が進んでいく様子が描かれていると言えるのです。
主が仰せられたことは、必ず「成る」それゆえ、「強く、雄々しくあれ」なのです。