マタイ2章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ2:9 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。
2:10 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
2:11 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。

聖書には、主イエス様がこの世にお生まれになったとき、東の国の学者たちがやってきて、幼子の主イエス様と出会い、礼拝したということが記されています。
彼らが一体どこの国の民族で、どんな研究をしていた人たちであったのかは、あまり詳しく記されていませんが、星に導かれてイエス様のところにやってきて、イエス様と面会した際、大きな喜びに満たされて、イエス様を礼拝したということが語られているのです。ということは、彼らもやはり、聖書に通じ、聖書の神様を信じる者たちであったということなのかもしれません。
あるいは、本当の救いを求めて、様々な文献や歴史なども調べる過程において、聖書にも通じるようになっていたのかもしれません。
いずれにせよ、彼らがイエス様を見て、この上なく喜んだということは間違いないことであり、それほど、救いを求めて旅を続け、その救いをもたらす真の救い主に出会えた喜びに満たされたということなのでしょう。
10節の「喜びにあふれた」と記されている箇所には、原文では、「この上ない」とという意味を表す形容詞を伴った「喜び」という名詞に加え、「非常に」とか「激しく」といった意味の副詞を伴った「喜ぶ」という動詞が用いられていて、そのまま文章にすれば、「この上なく大きな喜びをもって、非常に激しく喜んだ」というように、かなり強調された表現で喜びが表されているといえるでしょう。
彼らがどれほど大きな喜びに満たされたことか。

主イエス様の十字架の御業によってもたらされた救いが、これほどに大きな喜びをもたらすものであるということを覚え、私も大きな喜びをもって、激しく喜ぶ者でありたいと思います。