マラキ2:3 見よ、わたしはあなたたちの子孫を脅かし あなたたちの顔に汚物を浴びせる。それは祭りの犠牲の捨てられたものだ。あなたたちは、その上に投げ捨てられる。
非情に強烈な表現である。
主なる神様を心から敬わない者の頭に浴びせる汚物とは、彼らが神への捧げ物として捧げたものであるというのですから。
自分はどうか省みてみる。
自分も神様に最高の感謝を捧げているだろうか。
献金や賛美、奉仕といった事柄だけでなく、私の人生の全てをもって、主に従おうとしているだろうか。
私の人生も「汚物」のようなものとなっていないだろうか。
いや、私自身「汚物」なのかもしれない。
もし、私に浴びせられる「汚物」が、私そのものだったら・・・
確かに、私も喜びはしないでしょう。
こんなつまらないものを捧げても、誰も喜びはしない。
しかし、だからこそ、私たちの身代わりに捧げられる犠牲が最高のお方、イエス様なのだ。
そのことを感謝したい。
1ペテロ1:13 だから、いつでも心を引き締め、身を慎んで、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
1:14 無知であったころの欲望に引きずられることなく、従順な子となり、
1:15 召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。
1:16 「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」と書いてあるからです。
1:17 また、あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を、「父」と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。
1:18 知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、
1:19 きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。
1:20 キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。
1:21 あなたがたは、キリストを死者の中から復活させて栄光をお与えになった神を、キリストによって信じています。従って、あなたがたの信仰と希望とは神にかかっているのです。