詩篇74篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇74:1 【マスキール。アサフの詩。】神よ、なぜあなたは 養っておられた羊の群れに怒りの煙をはき 永遠に突き放してしまわれたのですか。
74:2 どうか、御心に留めてください すでにいにしえから御自分のものとし 御自分の嗣業の部族として贖われた会衆を あなたのいます所であったこのシオンの山を。
74:3 永遠の廃虚となったところに足を向けてください。敵は聖所のすべてに災いをもたらしました。
74:4 あなたに刃向かう者は、至聖所の中でほえ猛り 自分たちのしるしをしるしとして立てました。
74:5 彼らが木の茂みの中を 斧を携えて上るのが見えると
74:6 ただちに手斧、まさかりを振るって 彫り物の飾りをすべて打ち壊し
74:7 あなたの聖所に火をかけ 御名の置かれた所を地に引き倒して汚しました。
74:8 「すべて弾圧せねばならない」と心に言って この地にある神の会堂をすべて焼き払いました。
74:9 わたしたちのためのしるしは見えません。今は預言者もいません。いつまで続くのかを知る者もありません。
74:10 神よ、刃向かう者はいつまで嘲るのでしょうか。敵は永久にあなたの御名を侮るのでしょうか。
74:11 なぜ、手を引いてしまわれたのですか 右の御手は、ふところに入れられたまま。

キリストの教会とは、神によって贖われた者たちの会衆です。
しかし、その中に、明らかに神に敵対する者たちが入り込み、横暴な態度で振る舞い、私たちの救いのしるしでもあるイエス・キリストの十字架以外のものを掲げたとしたら・・・。
考えるだけでも恐ろしい光景です。
しかし、注意しなければならないことは、神に敵対するものというは、いつの時代でも存在するし、目に見える形で、はっきりとした悪の権化のようなスタイルで入り込んでくるとは限らないということです。
あたかも善良なクリスチャンのような姿でいることもあるかもしれませんし、口では神を賛美し、神をほめたたえている場合もあるでしょう。
しかし、その行動が「イエスは主である」との信仰告白に合致するものであるかどうか、そこが重要なのです。
イエス様を信じていると口では言っていても、己が主であったり、何か他のものを頼っているとしたら、それは偽りとなってしまうからです。

あなたを救うことのできるお方は、一体誰なのでしょう。
あなたを救うために命まで惜しまずに投げ出された愛のお方、主イエス・キリストをおいて他に、真の救い主はいないのです。

使徒4:10 あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。
4:11 この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です。
4:12 ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」

私たちを救いうる唯一の救い主であられるイエス様、どうかあらゆる敵から私たちの会衆を守り、真実な信仰者たちの礼拝が守られますように。