詩篇72篇 | 聖書日課 デボーションノート

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聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇72:1 【ソロモンの詩。】神よ、あなたによる裁きを、王に あなたによる恵みの御業を、王の子に お授けください。
72:2 王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ あなたの貧しい人々を裁きますように。

詩篇72篇は、表題に「ソロモンの詩」と記されている通り、ダビデに代わって、イスラエルの王に即位したソロモンが歌った詩であると考えられます。
しかし、非常に興味深いことに、この詩の最後のところには「エッサイの子ダビデの祈りの終わり」とあり、一連のダビデの祈りのひとつとして、この詩も数えられているのです。
この詩がソロモンによって書かれたものなのか、それとも、ダビデによるものなのか、正確なところはわかりませんが、いずれにしろ、ソロモンはダビデの意志を受け継ぎ、神に信頼して歩む信仰者として、同じ思い、同じ心を抱いていたということなのでしょう。

ダビデは、自分の息子ソロモンに対し、神に選ばれた王としての務めを果たすため、常に神の御言葉に聞き、従うように命じています。

列王記上2:1 死期が近づいたとき、ダビデはこう言って王子ソロモンを戒めた。
2:2 「わたしはこの世のすべての者がたどる道を行こうとしている。あなたは勇ましく雄々しくあれ。
2:3 あなたの神、主の務めを守ってその道を歩み、モーセの律法に記されているとおり、主の掟と戒めと法と定めを守れ。そうすれば、あなたは何を行っても、どこに向かっても、良い成果を上げることができる。

そしてソロモンも、神様に従い続けていくことができるよう、神に、民を公正に裁くことのできる知恵を求めるのです。

列王記上3:4 王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこに重要な聖なる高台があったからである。ソロモンはその祭壇に一千頭もの焼き尽くす献げ物をささげた。
3:5 その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。
3:6 ソロモンは答えた。「あなたの僕、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。
3:7 わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。
3:8 僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。
3:9 どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」
3:10 主はソロモンのこの願いをお喜びになった。
3:11 神はこう言われた。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。
3:12 見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。
3:13 わたしはまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。
3:14 もしあなたが父ダビデの歩んだように、わたしの掟と戒めを守って、わたしの道を歩むなら、あなたに長寿をも恵もう。」

ソロモンは、決して自分の利得を求めようとせず、神に仕えるため、神の選ばれた民イスラエルを養うために、公正に裁くことのできる知恵を与えて下さるよう願ったのです。
これは、まさに、父ダビデから受け継いだ信仰によるものであると言えるでしょう。

自分の子供が、神を畏れ、神を敬い、公正な人間になって欲しいと願うならば、まずは、親である者が率先して神を畏れ、敬い、公正に歩んでいくならば、きっと、子供もそれに従っていくはずです。
子供にとっては、親の存在、役割というのは、きっとそういうものなのでしょう。
そう思いながらこの詩を読むと、この詩の中の「王」の部分を「私」あるいは「私と私の子供」と置き換えて読むことが大切なのではないかと思います。

詩篇72:12 王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を 助けるものもない貧しい人を救いますように。
72:13 弱い人、乏しい人を憐れみ 乏しい人の命を救い
72:14 不法に虐げる者から彼らの命を贖いますように。王の目に彼らの血が貴いものとされますように。