詩篇48篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇48:2 大いなる主、限りなく賛美される主。わたしたちの神の都にある聖なる山は
48:3 高く美しく、全地の喜び。北の果ての山、それはシオンの山、力ある王の都。
48:4 その城郭に、砦の塔に、神は御自らを示される。
48:5 見よ、王たちは時を定め、共に進んで来た。
48:6 彼らは見て、ひるみ、恐怖に陥って逃げ去った。
48:7 そのとき彼らを捕えたおののきは 産みの苦しみをする女のもだえ
48:8 東風に砕かれるタルシシュの船。
48:9 聞いていたことをそのまま、わたしたちは見た 万軍の主の都、わたしたちの神の都で。神はこの都をとこしえに固く立てられる。
48:10 神よ、神殿にあってわたしたちは あなたの慈しみを思い描く。
48:11 神よ、賛美は御名と共に地の果てに及ぶ。右の御手には正しさが溢れている。
48:12 あなたの裁きのゆえに シオンの山は喜び祝い ユダのおとめらは喜び躍る。
48:13 シオンの周りをひと巡りして見よ。塔の数をかぞえ
48:14 城壁に心を向け、城郭に分け入って見よ。後の代に語り伝えよ
48:15 この神は世々限りなくわたしたちの神 死を越えて、わたしたちを導いて行かれる、と。

イスラエルの民にとって、神の都エルサレムは、神様の住まわれる聖なる場所として、たいへん重要な場所であったと言えます。
そんな素晴らしい神の都エルサレムですから、おそらく、彼らの心のよりどころとなっていたはずです。

エゼキエル37:26 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。わたしは彼らの住居を定め、彼らを増し加える。わたしはまた、永遠に彼らの真ん中にわたしの聖所を置く。
37:27 わたしの住まいは彼らと共にあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
37:28 わたしの聖所が永遠に彼らの真ん中に置かれるとき、諸国民は、わたしがイスラエルを聖別する主であることを知るようになる。」

しかし、度重なる戦火に追われ、都も神殿も焼き払われるたびに、彼らの心のよりどころは、しだいに、神様の御言葉の約束へと移っていくのです。

もし、礼拝の場所が、エルサレムの神殿というごく限られた場所に限定されるなら、なかなかそこに出かけていくことは難しいですし、仮に、その神殿が破壊されていたりするならば、私たちは礼拝の場所を失ってしまうはずです。
しかし、神様は、御言葉の中にあり、その御言葉が語られる所にともにいたもうお方。すなわち、礼拝の中心は、聖書の御言葉なのだということを知った時、私たちは、本当の礼拝をささげることができるようになるのです。

ヨハネ4:21 イエスは言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。
4:22 あなたがたは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。
4:23 しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。
4:24 神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

礼拝の場所、スタイルが問題なのであなく、霊と真理を持って礼拝することが大切なのでしょう。