エレミヤ38:4 役人たちは王に言った。「どうか、この男を死刑にしてください。あのようなことを言いふらして、この都に残った兵士と民衆の士気を挫いています。この民のために平和を願わず、むしろ災いを望んでいるのです。」
38:5 ゼデキヤ王は答えた。「あの男のことはお前たちに任せる。王であっても、お前たちの意に反しては何もできないのだから。」
38:6 そこで、役人たちはエレミヤを捕らえ、監視の庭にある王子マルキヤの水溜めへ綱でつり降ろした。水溜めには水がなく泥がたまっていたので、エレミヤは泥の中に沈んだ。
38:7 宮廷にいたクシュ人の宦官エベド・メレクは、エレミヤが水溜めに投げ込まれたことを聞いた。そのとき、王はベニヤミン門の広場に座していた。
38:8 エベド・メレクは宮廷を出て王に訴えた。
38:9 「王様、この人々は、預言者エレミヤにありとあらゆるひどいことをしています。彼を水溜めに投げ込みました。エレミヤはそこで飢えて死んでしまいます。もう都にはパンがなくなりましたから。」
38:10 王はクシュ人エベド・メレクに、「ここから三十人の者を連れて行き、預言者エレミヤが死なないうちに、水溜めから引き上げるがよい」と命じた。
38:11 エベド・メレクはその人々を連れて宮廷に帰り、倉庫の下から古着やぼろ切れを取って来て、それを綱で水溜めの中のエレミヤにつり降ろした。
38:12 クシュ人エベド・メレクはエレミヤに言った。「古着とぼろ切れを脇の下にはさんで、綱にあてがいなさい。」エレミヤはそのとおりにした。
38:13 そこで、彼らはエレミヤを水溜めから綱で引き上げた。そして、エレミヤは監視の庭に留めて置かれた。
エレミヤ書38章のこれらの記述から、ユダの民がかなり混乱していたであろう様子を伺うことができます。
バビロンの侵攻の時が迫り、食料の備蓄もそこをつき、いよいよ危機的な状況になっていたため、ゼデキヤ王をはじめ、ユダの人々は、なんとかこの危機的状況をしのぐ方法はないだろうか思案していたのでしょう。
そんな折「バビロンに降伏しなければ、国は全て滅ぼされてしまう」という預言を告げるエレミヤの処遇を巡っても、彼らのあいだでは一致した行動を取ることができず、ある者は、エレミヤを殺してしまおうと企み、ある者は彼を助け、いずれも、王の許可を取って行動しているあたり、王自身もエレミヤをどうすれば良いのかわからなかったのかもしれません。というよりも、どう懲らしめれば、「バビロンはユダに攻めてくることはない。攻めてきたとしても、万軍の主なる神が我らを助けて下さるであろう」という風に預言してくれるだろうかと考えていたのでしょう。
初めに結果ありき。
しかし、そのような態度は、私たちも時々犯してしまう過ちです。
単なる自分の願望や欲望を神様の御心として置き換え、それが実現しないならば神様を信じようとしない。まさに、ご利益宗教としてしか神様を信じようとしない態度は、ゼデキヤのそれと全く同じであり、神様に対する侮辱であることを思うのです。
預言者エレミヤの告げた言葉。
エレミヤ38:17 「イスラエルの神、万軍の神なる主はこう言われる。もし、あなたがバビロンの王の将軍たちに降伏するなら、命は助かり、都は火で焼かれずに済む。また、あなたは家族と共に生き残る。」
神の御言葉に忠実に従うことで「生きる」ことができるのです。