実体のあるからだ | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

日時:2006年5月7日
聖書箇所:ルカ24章36~50節、ヨハネ20章19~20節

イエス様の十字架の処刑を目の当たりにした弟子たちは、次は自分たちの番ではないかと恐れ、自分たちのいる家に閉じこもっていました。
そんな恐れの中にいた弟子たちの前に復活のイエス様は現われ、「あなた方に平安があるように」とおおせられました。なんと味わい深い言葉だろうと思います。
私たちも、いろんなことを経験し、時には挫折し、失望し、身動き一つ取れないほど打ちひしがれてしまう時もあります。しかし、そんな時こそ、そんな時だからこそ、復活のイエス様を覚え、イエス様の約束された救いと永遠の命を覚えて、主の約束から来る平安の中に歩むべきであろうと思うのです。
イエス様は「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」と仰せられ、ご自分の確かな「からだ」をお見せになられました。
教会はキリストのからだ。亡霊ではなく、実体のある命。
そう考えていると、私は何を恐れ、何を戸惑っていたのだろうと思えてきます。
先の見えない不安定な時だからこそ、主イエス様の確かな命の約束にしっかりと信頼して歩む。これが最善の道なのだと思います。
恐れないで、疑わないで、主イエス様と共に歩んで行きましょう。