ヨシュア3章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨシュア3:1 ヨシュアは、朝早く起き、イスラエルの人々すべてと共にシティムを出発し、ヨルダン川の岸に着いたが、川を渡る前に、そこで野営した。
3:2 三日たってから、民の役人は宿営の中を巡り、
3:3 民に命じた。「あなたたちは、あなたたちの神、主の契約の箱をレビ人の祭司たちが担ぐのを見たなら、今いる所をたって、その後に続け。
3:4 契約の箱との間には約二千アンマの距離をとり、それ以上近寄ってはならない。そうすれば、これまで一度も通ったことのない道であるが、あなたたちの行くべき道は分かる。」

ヨシュア率いるイスラエルは、いよいよ、主なる神様が約束された地へ進み行こうとしていました。しかし、彼らの行く手は、まだ、どのような土地であるのか、住んでみないとわからないでしょうし、あるいは、何が起こるかわからない、全く未知の世界であったはずです。
そのため、ヨシュアは、イスラエルの民に、必ず契約の箱の後ろに従って進むように命じ、契約の箱と共におられる神様の導きに従って行くように命じているのです。

私たちの人生も、実は、どんな人であっても、行く手は全くの未知の世界。しかし、意外にもそのことをおろそかに考え、今までの経験を頼りに進んでみたり、自分の身勝手な予想に基づいて行動してみたり、あるいは、自分の都合の良いようになって欲しい、いや、なるに違いないと、随分いい加減な行動基準で動いているのが現実かも知れません。
クリスチャンと言えども例外ではありません。「主の御心がなるように」と祈りつつ、なんと、身勝手な思いで、自分中心に物事を捉え、突き進もうとしていることか、絶えず、主の導きがどこいあるのかを尋ねながら、主が示される道を進んでいきたいものです。きっとそこには、イスラエルの民が、せきとめられたユルダン川の中を歩んだように、主がその道を備えて下さっているという確かな証拠が伴うでしょうから。

詩篇37:3 主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。
37:4 主に自らをゆだねよ 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
37:5 あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らい
37:6 あなたの正しさを光のように あなたのための裁きを 真昼の光のように輝かせてくださる。