出エジプト19章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト19:9 主はモーセに言われた。「見よ、わたしは濃い雲の中にあってあなたに臨む。わたしがあなたと語るのを民が聞いて、いつまでもあなたを信じるようになるためである。」モーセは民の言葉を主に告げた。
19:10 主はモーセに言われた。「民のところに行き、今日と明日、彼らを聖別し、衣服を洗わせ、
19:11 三日目のために準備させなさい。三日目に、民全員の見ている前で、主はシナイ山に降られるからである。
19:12 民のために周囲に境を設けて、命じなさい。『山に登らぬよう、また、その境界に触れぬよう注意せよ。山に触れる者は必ず死刑に処せられる。
19:13 その人に手を触れずに、石で打ち殺すか、矢で射殺さねばならない。獣であれ、人であれ、生かしておいてはならない。角笛が長く吹き鳴らされるとき、ある人々は山に登ることができる。』」
19:14 モーセは山から民のところに下って行き、民を聖別し、衣服を洗わせ、
19:15 民に命じて、「三日目のために準備をしなさい。女に近づいてはならない」と言った。
19:16 三日目の朝になると、雷鳴と稲妻と厚い雲が山に臨み、角笛の音が鋭く鳴り響いたので、宿営にいた民は皆、震えた。

出エジプト記19章には、神様がモーセを通じて、イスラエルの民に対して戒めを授与しようとされた時のことが記されています。
この時、モーセは、主なる神様の御言葉を聞くためにシナイ山に登ったり、その御言葉をイスラエルの民に語り伝えるためにシナイ山を降りたりと、何度も、シナイ山に現われた主なる神様とイスラエルの民の集う宿営との間を往復し、神の御言葉を語り継ぐ預言者としての働き、そして、民の言葉を申し上げる祭司としての働きの両方をこなしていますす。
シナイ山を登るだけでも、結構な時間と労力を必要とするのでしょうに、それを、19章の中だけでも3度も行っています。
しかし、神様の仰せられた約束には、そのような祭司的な働きを担う事は、大きな祝福であるということが語られており、負担の大きな働きではありますが、何よりも幸いな働きであるということを思うのです。

出エジプト19:3 モーセが神のもとに登って行くと、山から主は彼に語りかけて言われた。「ヤコブの家にこのように語り イスラエルの人々に告げなさい。
19:4 あなたたちは見た わたしがエジプト人にしたこと また、あなたたちを鷲の翼に乗せて わたしのもとに連れて来たことを。
19:5 今、もしわたしの声に聞き従い わたしの契約を守るならば あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。
19:6 あなたたちは、わたしにとって 祭司の王国、聖なる国民となる。これが、イスラエルの人々に語るべき言葉である。」

主なる神様は、全ての民の中にあって、他の民をとりなし、主なる神様の救いへと導いていく働きを担う民を「祭司の王国」「聖なる国民」と呼んでくださり、そのような働きに召された民を「宝」と言って下さいます。

主の救いの御言葉を取り次いでいくことは、たいへんな仕事ですが、「宝」と言って下さる主の祝福を感謝して、私も一人の「祭司の王国」の民「聖なる国民」の一人として用いていただきたいと願います。