1ヨハネ1:1 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。――
1:2 この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。――
1:3 わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。
1:4 わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。
本日の聖書日課は、使徒ヨハネの日となっています。
ヨハネは、イエス様に召された12人の使徒の一人で、イエス様と共に過ごし、イエス様の生涯を目撃した証人の一人として、ヨハネによる福音書、ヨハネの手紙などを通して、非常に貴重な証言を数多く残した聖書著者の一人でもあります。
そのヨハネが、これらの証言を記録したのは、彼が見た事、聞いたこと、そして手で触ったものを、そのまま伝えるためであり、それによって、喜びが満ち溢れるようになるためであると記しているのです。
つまり、ヨハネは、自分が目撃したイエス様の生涯を語り伝えることで、自分も喜びを感じることができ、さらに、その記録を読む者が等しく救いの恵みに与るであろうことを期待して、さらに大きな喜びを感じていたことでしょう。
つまり、今こうして聖書を読んでいる私たちが喜びに満たされていくこともヨハネは知っていたと言うことなのです。
聖書というのは、私たちに喜びを満たし、満ち溢れさせるために記された書物であり、だからこそ、神の御言葉なのだということを覚えたいものですね。
私も、このブログを読んで下さる方が喜びに満たされていることを期待しつつ、これからも細々と記していきたいなあと思います。