イザヤ64章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ64:8 どうか主が、激しく怒られることなく いつまでも悪に心を留められることなく あなたの民であるわたしたちすべてに 目を留めてくださるように。
64:9 あなたの聖なる町々は荒れ野となった。シオンは荒れ野となり、エルサレムは荒廃し
64:10 わたしたちの輝き、わたしたちの聖所 先祖があなたを賛美した所は、火に焼かれ わたしたちの慕うものは廃虚となった。
64:11 それでもなお、主よ、あなたは御自分を抑え 黙して、わたしたちを苦しめられるのですか。

預言者イザヤは、誰よりも荒廃したイスラエルの復興を願い、神様の降臨を期待した人物の一人であったと言えるでしょう。
しかし、それは同時に、邪悪な罪に満ちた民の救いを願うことでもあり、誰よりも、同朋の民イスラエルの救いの時を待ち望んでいたということなのです。

私たちもしばし、日本という、邪悪な罪に満ちた荒廃した社会の中で、この国の行く末を憂うこともありますが、この御言葉を読みながら、やはり同朋の民の救いのためにとりなして行く者でありたいと願わされます。
なぜなら、そもそも、この私も、かつてはどうしようもない罪人であったからです。そして、そのどうしようもない罪人を救うために、イエス様は十字架で死んでくださり、罪と死の奴隷の中から救い出してくださったからです。
ですから、神様は、この私にしてくださったのと同じ事を、きっと、まだイエス様を知らない多くの方々にも成して下さると願うのです。

全能の主なる神様に不可能なことはありません。
きっと、神の御心に適うことがこの地でも行われ、愛する友や家族が救われていくであろうと信じて、今日も1日の歩みを主と共に歩ませて頂きたいと願っています。