イザヤ63章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ63:2 「なぜ、あなたの装いは赤く染まり 衣は酒ぶねを踏む者のようなのか。」
63:3 「わたしはただひとりで酒ぶねを踏んだ。諸国の民はだれひとりわたしに伴わなかった。わたしは怒りをもって彼らを踏みつけ 憤りをもって彼らを踏み砕いた。それゆえ、わたしの衣は血を浴び わたしは着物を汚した。」
63:4 わたしが心に定めた報復の日 わたしの贖いの年が来たので
63:5 わたしは見回したが、助ける者はなく 驚くほど、支える者はいなかった。わたしの救いはわたしの腕により わたしを支えたのはわたしの憤りだ。
63:6 わたしは怒りをもって諸国の民を踏みにじり わたしの憤りをもって彼らを酔わせ 彼らの血を大地に流れさせた。
63:7 わたしは心に留める、主の慈しみと主の栄誉を 主がわたしたちに賜ったすべてのことを 主がイスラエルの家に賜った多くの恵み 憐れみと豊かな慈しみを。

聖書の時代、岩を掘った酒ぶねに大量のぶどうを入れて、それを足で踏みつけて絞り、その絞り汁を用いてぶどう酒を作っていたようです。
当然、その作業に携わる労働者は、ぶどうの絞り汁を浴び、衣服が真っ赤に染まっていたことでしょう。
主なる神様は、その様子にたとえて、主ご自身がなさった民に対する裁きをお語りになられています。
これは、まさに、主イエス様がたったお一人で、全ての民に対する裁きを背負って
十字架に死なれた出来事を預言するものと言えるでしょう。
神様は、かたくなな民イスラエル(ぶどう)を裁こうとされ(酒ぶねで踏み砕き)、誰一人、その作業を行う者はなく、ただ一人、主ご自身(イエス様)がこれを成し、その衣は真っ赤に染まった(十字架で死なれた)のです。
そこには、当然、罪に対して怒られ、その裁きを実行される主の苦しまれるお姿が存在するわけですが、その結果もたらされたものは何でしょうか。
血のにじむような裁きの後、最良のぶどう酒ができるのです。

ヨハネ12:24 はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

イエス様は、私たちが神様のなさった正しい裁きのもとに、今の姿を変え、豊かな実りに与るために、ご自分の命を投げ出して血を流し、血に染まったお方。
それは、私たちの目には不思議な出来事ですが、同時に、幸いなことでもあります。
ゴツゴツした硬いぶどうの実を、最良のぶどう酒に変えてくださる主、しかも、ただ一人で十字架の上で血を流し、それを成し遂げて下さったイエス様ただただ感謝なのです。