2テモテ4:5 しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。
4:6 わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。
4:7 わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。
4:8 今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。
4:9 ぜひ、急いでわたしのところへ来てください。
4:10 デマスはこの世を愛し、わたしを見捨ててテサロニケに行ってしまい、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマティアに行っているからです。
4:11 ルカだけがわたしのところにいます。マルコを連れて来てください。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです。
本日は、聖ルカの日となっています。
そして、本日与えられている聖書日課の箇所には、偉大な伝道者パウロが辿った生涯の最後を暗示する有名な御言葉が与えられていて、そこに、福音書記者ルカも一緒にいたことが記されています。
パウロがこの手紙を書いた時、彼は、囚われの身であったと言われています。ということは、ルカもまた、パウロと共に囚われていたということなのです。
ルカは使徒として選ばれた者ではなく、イエス様の証人として、宣教の働きに直接関わる働きをしていたわけではないかもしれません。しかし、医者として(あるいは通訳など?)自分にできる働きをもって使徒たちに仕えながら、間接的に、宣教の働きに携わっていったのでしょう。
パウロは、そんなルカを意識してか、「わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。」と語り、ルカも含め、主イエス様を信じる全ての者に、主は等しく栄光の冠を授けて下さるであろうということを告げています。つまり、そこには当然、私たちも含まれているということです。
パウロやルカと同じ栄光を受けるなど、めっそうもないという気もしますが、それが主のお約束なのです。
ルカ7:28 言っておくが、およそ女から生まれた者のうち、ヨハネより偉大な者はいない。しかし、神の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。」
私も、小さな者ではありますが、神の国の民に選ばれた一人として、神の国では、最も偉大な者のごとく迎え入れてくさるという主の御言葉の約束を感謝します。