イザヤ56章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ56:4 なぜなら、主はこう言われる 宦官が、わたしの安息日を常に守り わたしの望むことを選び わたしの契約を固く守るなら
56:5 わたしは彼らのために、とこしえの名を与え 息子、娘を持つにまさる記念の名を わたしの家、わたしの城壁に刻む。その名は決して消し去られることがない。
56:6 また、主のもとに集って来た異邦人が 主に仕え、主の名を愛し、その僕となり 安息日を守り、それを汚すことなく わたしの契約を固く守るなら
56:7 わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き わたしの祈りの家の喜びの祝いに 連なることを許す。彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。
56:8 追い散らされたイスラエルを集める方 主なる神は言われる 既に集められた者に、更に加えて集めよう、と。

主なる神様は、主の安息日を守り、神様が喜ばれることを喜びとする者たちを、主の聖なる山に導き、とこしえの命を与え、祈りの家に迎え入れて下さると語られています。
もちろん、このことは、やがて主の御許に召される時に完全に実現する幸いな約束であると言えるでしょうが、実に、教会で行われている毎週の礼拝において実現している約束でもあると言えるでしょう。
すなわち、私たちは、教会に集うことで、既に神の御国に招き入れられていると言え、教会で行われている祈りの交わりに加わることこそ、主の聖なる民の交わりの証しなのだということを思います。

このような約束を伴った、主にある兄弟姉妹の祈りの交わり。
なんと素晴らしい御国の前ぶれであろうかと思います。
ぜひ、そのような心持ちで、教会で行われている祈り会に参加したいものですね。