イザヤ55:1 渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。銀を持たない者も来るがよい。穀物を求めて、食べよ。来て、銀を払うことなく穀物を求め 価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。
55:2 なぜ、糧にならぬもののために銀を量って払い 飢えを満たさぬもののために労するのか。わたしに聞き従えば 良いものを食べることができる。あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。
55:3 耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。聞き従って、魂に命を得よ。わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。ダビデに約束した真実の慈しみのゆえに。
今週の日曜日、私たちの教会では「ラジオサンデー」と題して、放送伝道の働きを覚えての礼拝を持たせて頂きました。
当日は、神戸にあるメディアセンターから、放送伝道の総主事の先生に来ていただいて、ラジオ伝道の働きの重要性や支援のアピールなどをして頂きました。
ラジオというメディアは、確かに、やや時代から取り残されつつあるもののように思えなくもないのですが、他のメディアと違って、一旦ラジオを買ってしまえば、あとは電池代くらいなもので、比較的低料金で利用することができます。
このため、貧しい方であっても、病気療養中の方であっても、利用しやすく、日曜日礼拝に集えないという方にも、聖書からのメッセージをお届けすることができるのです。
私は、そういう方々が喜んで神様の救いのメッセージを聞くことができるというところに、本当の豊かさがあるように思います。
というのも、多くの方がリーズナブルに福音を聞くことができる背後に、多くの方々の支援によって、多額の電波料等が支払われていて、そのような大きな犠牲の上に成り立つ伝道というものこそ、イエス・キリストの十字架の贖いという大きな大きな代価の上に、無代価で提供される救いの形に似ているのでは?と思うからなのです。
ラジオの働きに携わらせていただく中で、時々、見知らぬ方から「いつも聴いていますよ」とお声をかけて頂いたりします。そのたびに、ラジオ伝道の必要性を思い、同時に、イエス様のお働きを確かに感じることができます。
イザヤ55:5 今、あなたは知らなかった国に呼びかける。あなたを知らなかった国は あなたのもとに馳せ参じるであろう。あなたの神である主 あなたに輝きを与えられる イスラエルの聖なる神のゆえに。
55:8 わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり わたしの道はあなたたちの道と異なると 主は言われる。
55:9 天が地を高く超えているように わたしの道は、あなたたちの道を わたしの思いは あなたたちの思いを、高く超えている。
55:10 雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ 種蒔く人には種を与え 食べる人には糧を与える。
55:11 そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ わたしが与えた使命を必ず果たす。
「ラジオなんて、時代遅れではないか・・・」などとつぶやく前に、主の成し遂げられた救いの御業の素晴らしさを覚え、あらゆる手段で、イエス様の救いをお伝えしていけるよう、努めて行きたいものです。