創世記49章には、イスラエルが12部族の将来について預言した言葉が記されています。
この中で、ひときわ目を引くのは、やはり、イエス様の祖先となったユダ部族への言及でしょう。
創世記49:8 ユダよ、あなたは兄弟たちにたたえられる。あなたの手は敵の首を押さえ父の子たちはあなたを伏し拝む。
49:9 ユダは獅子の子。わたしの子よ、あなたは獲物を取って上って来る。彼は雄獅子のようにうずくまり雌獅子のように身を伏せる。誰がこれを起こすことができようか。
49:10 王笏はユダから離れず統治の杖は足の間から離れない。ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。
49:11 彼はろばをぶどうの木に雌ろばの子を良いぶどうの木につなぐ。彼は自分の衣をぶどう酒で着物をぶどうの汁で洗う。
ここには、まさに、遠い将来、ユダの子孫の中から、イスラエルの全てを統治する真の王、イエス・キリストの出現が語られていると言え、その救い主なるキリストの血により、私たちの罪の汚れを洗い清めて下さるお方であるということが伺えるのです。
しかし、この箇所で、もう一つ際立っているのが、かつて兄たちにエジプトに売り渡され、後にエジプトの大臣となって家族を救ったヨセフについての言及です。
創世記49:22 ヨセフは実を結ぶ若木 泉のほとりの実を結ぶ若木。その枝は石垣を越えて伸びる。
49:23 弓を射る者たちは彼に敵意を抱き矢を放ち、追いかけてくる。
49:24 しかし、彼の弓はたるむことなく彼の腕と手は素早く動く。ヤコブの勇者の御手により それによって、イスラエルの石となり牧者となった。
49:25 どうか、あなたの父の神があなたを助け 全能者によってあなたは祝福を受けるように。上は天の祝福 下は横たわる淵の祝福 乳房と母の胎の祝福をもって。
49:26 あなたの父の祝福は 永遠の山の祝福にまさり 永久の丘の賜物にまさる。これらの祝福がヨセフの頭の上にあり 兄弟たちから選ばれた者の頭にあるように。
ヨセフについての預言の言葉には、無限の祝福の約束が語られているように見えます。そして、それは、まさに主に選ばれた者への祝福の言葉であり、救い主イエス様を信じ、神の国の民とせられた全てのものへの祝福の約束の言葉であると言えるのです。
つまり、ヨセフに対して語られた祝福は、私たちにも向けて語られている祝福の約束であり、救われた者の受けるべき言葉なのです。
こうして考えると、他のどの兄弟に対する預言の言葉よりも随分多くの言葉を費やすことにより、ユダに対してイエス様への言葉、ヨセフに対して私たちへの言葉が何よりも重要な預言であることを示し、この預言の言葉の持つ祝福の本当の意味を伺い知ることができるのではないでしょうか。
祝福をもたらすお方と、その祝福を受ける者たち。双方について、確かな御言葉の約束をもって祝福が確約されたものであるということを感謝したいものです。