2コリント5章1~10節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

2コリント5:1 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。
5:2 わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。
5:3 それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。
5:4 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。
5:5 わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。神は、その保証として“霊”を与えてくださったのです。

ここに記されている事柄は、キリスト教における最も素晴らしい希望の約束を語っていると思います。
たとえ地上の肉体が滅びようとも、私たちには、天の永遠の住まいが備えられている。それを与えて下さったのは、神である。なんと言う素晴らしい約束でしょうか。

一般に、キリスト教と言えば、結婚式のイメージが強いかもしれませんが、本当は、お葬式においてこそ、力あるメッセージを語ることができます。
神は、ご自身の復活を通して、私たちにも永遠の命を与えてくださるのです。
そして、そのことを神の「霊」が保証して下さるからこそ、私たちは平安なのです。
ですから、一般の方にも、キリスト教のお葬式でどういうことが語られているのかを知って欲しいと思います。そして、願わくは、そこで語られる永遠の命のメッセージに耳を傾けて頂きたいと願います。

もちろん、お葬式でなくても、日曜日の礼拝でも同じことが語られています。
できることなら、まだまだ体が元気なうちに、そして、礼拝に通うことができる時がある間に、教会で行われている礼拝に参加して、聖書から語られる、永遠の命のメッセージを聞いて頂きたいものです。