2コリント1章1~11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

2コリント1:4 神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。
1:5 キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれているからです。
1:6 わたしたちが悩み苦しむとき、それはあなたがたの慰めと救いになります。また、わたしたちが慰められるとき、それはあなたがたの慰めになり、あなたがたがわたしたちの苦しみと同じ苦しみに耐えることができるのです。

私たちは、ついつい、願わくは全ての苦しみから解放して欲しいと祈ってしまいがちです。
しかし、パウロは違いました。自分たちの受ける苦しみによって、コリントの教会の人たちが慰めを受け、救いに与ることができるのなら、むしろ、喜んで苦しみを受けようと、そのような思いを持っていたようです。なんという凄まじい信仰だろうと思います。
しかし、実は、このようなパウロの姿勢は、イエス様に見られるものだからこそ、このように考えていたのでしょう。
イエス様は、私たちが滅びから救われ、命と平安に与ることができるために、ご自身は自らの命を捧げられるほどの多くの苦しみをお受けになられたお方です。
まさに、「愛ゆえの苦しみ」。
イエス様のお受けになられた一つ一つのお苦しみが、私たちに対する愛の証であると言えるのです。

願わくは、全ての苦しみから解放されることばかり願うのではなく、時には、このような「愛ゆえに受ける苦しみ」をも受けることのできる者とならせていただきたいですね。