箴言23:15 わが子よ、あなたの心が知恵を得れば わたしの心は喜び祝う。
23:16 あなたの唇が公正に語れば わたしのはらわたは喜び躍る。
23:17 罪人らのことに心を燃やすことはない 日ごと、主を畏れることに心を燃やすがよい。
23:18 確かに未来はある あなたの希望が断たれることはない。
23:19 わが子よ、聞き従って知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ。
他人の不正に対して、黙って見過ごしにできないタイプの人がいます。
しかし、ただ闇雲に正義を主張し、隠された小さな不正まで、全てをあぶりだそうとする姿勢は、結局は、自分の正当性を主張するために躍起になっているように感じられる時があります。
とにかく、悪は裁かれなければならない、あらゆる不正を暴かなければならない、と。
しかし、そのように考える者が、一体、どれほどの正義を持ちうるのでしょうか。
ローマ2:1 だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです。
2:2 神はこのようなことを行う者を正しくお裁きになると、わたしたちは知っています。
2:3 このようなことをする者を裁きながら、自分でも同じことをしている者よ、あなたは、神の裁きを逃れられると思うのですか。
2:4 あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。
2:5 あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています。この怒りは、神が正しい裁きを行われる怒りの日に現れるでしょう。
2:6 神はおのおのの行いに従ってお報いになります。
私たちは、簡単に他人を裁こうとしてしまいます。
しかし、そのような姿勢は、神に代わって己を神としようとする高慢の罪と、神様のなさる正しい裁きを信用しようとしない背きの罪、そして、隣人を愛そうとしない冷酷な犯していると言わざるを得ないのです。
その点、箴言の御言葉には知恵があります。
箴言23:17罪人らのことに心を燃やすことはない 日ごと、主を畏れることに心を燃やすがよい。
他人のことばかりに心を燃やしていないで、ひたすら主を畏れ敬い、己の分をわきまえつつ、自分のなすべきことをまっとうしていきたいものです。