イザヤ24:1 見よ。主は地を荒れすたらせ、その面をくつがえして、その住民を散らされる。
24:2 民は祭司と等しくなり、奴隷はその主人と、女奴隷はその女主人と、買い手は売り手と、貸す者は借りる者と、債権者は債務者と等しくなる。
24:3 地は荒れに荒れ、全くかすめ奪われる。主がこのことばを語られたからである。
地上の世界に、主なる神様の裁きが行われるとき、それは、ある者にとっては厳しい現実、しかし、貧しい者や、虐げられていた者たちにとっては、解放の時となる。
そんな約束が、ここには語られていると言えるでしょう。
「裁き」という言葉は、単に、悪いことをした人に罰を下すことだけを指しているのではありません。不条理に虐げられていた者たちへの解放と共に、悪いことをしていた者たちへさえも、真実な悔い改めによって救いに招くために行われる、神様の正しい御業である。
神様の究極の御心は、全ての人が救われることであるということを覚え、神の御前に一人の人間として、誠実に生きていきたいものです。