イザヤ23:1 ツロに対する宣告。タルシシュの船よ。泣きわめけ。ツロは荒らされて、家も港もなくなった、とキティムの地から、彼らに示されたのだ。
23:2 海辺の住民よ。黙せ。海を渡るシドンの商人はあなたを富ませていた。
23:3 大海によって、シホルの穀物、ナイルの刈り入れがあなたの収穫となり、あなたは諸国と商いをしていた。
地中海に面したツロの町は、その地理的な利便性から、貿易の盛んな都市国家として古くから栄えていた町でした。
しかし、貿易都市ということは、その町自体に、何らかの良い物を産する力があるということではありません。むしろ、ここにも記されているように、海外から産物が運ばれてくることによって、取引の際のマージンを取ることによって豊かさを保っているだけに過ぎず、見方を変えれば、他人の利益を横取りしているようなものであると言えるでしょう。
エリコの町で収税人として働いていたザアカイという人物がいました。
彼は、町を出入りする商売人たちから不正に税金を取りたて、それによって生計を立てていました。
しかし、そもそも、関税という仕組み自体が不正な取立てであると言えなくもありません。なぜなら、何の働きもしないのに、取り引きの間に入るだけで、利益を搾取していくわけですから、これほど不正な働きと言えるものはないでしょう。
しかし、彼は、後に、イエス様と出会い、不正な取立てをしていたことを悔い改め、貧しい者たちへ捧げていくことを約束しています。
イザヤ23章における、ツロの町に対する宣告においても、不正な仕方で莫大な利益をこうむっていたツロの町の富は、最終的には、主の前に住む者たちのものとなると語られています。
他人の益を搾取していたザアカイが、貧しい人へ捧げる人へと変えられて行ったのは、たった一言のイエス様の御言葉でした。
ルカ19:5 イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
きっと、お金、お金、とお金儲けのことだけに心を奪われ、孤独な人生を送っていたザアカイによって、このようなイエス様の呼びかけは、彼の空しい心に、新しい命の息吹を与えてくれたことでしょう。「お金が全てではなく、人の心がもっと大切だ。」と。
いかにして、お金儲けをするか、そんな空しい人生は、やがて主なる神様の御手によって滅ぼされるでしょう。しかし、単に滅ぼされるだけでなく、新しい命に生きる者へと変えられていくことを覚え、主のお導きに期待します。