イザヤ13章1~22節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ13:6 泣きわめけ。主の日は近い。全能者から破壊が来る。
13:7 それゆえ、すべての者は気力を失い、すべての者の心がしなえる。

昨日の礼拝で、マタイ福音書7章のイエス様の御言葉を引用しました。

マタイ7:1 さばいてはいけません。さばかれないためです。
7:2 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。
7:3 また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。
7:4 兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。
7:5 偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。

私たちは、ついつい、他人の罪ばかり気になってしまいます。
そして、悔い改めさせなければ・・・考え、忠告したり、責めたりしてしまうものです。
しかし、悔い改めとは、主がなさる御業の一つ。
私たち人間がしゃしゃり出て、イエス様に代わって裁くことのできるような資格などないはずなのです。
仮に、この人は裁かれなければならないなあと思う人がいたら、私の裁きよりも、完全で正しい裁きをなさる方がおられるのですから、私なら、そのお方、すなわち、主イエス様にお任せしようと思います。

つまるところ、その人に対する愛の態度がなされるかどうかが問われているのでしょうね。

神は愛です。