マタイ24章3~14節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イエス様は、弟子たちに対して、世界の終わりに起こるであろうことを幾つか御語りになられました。
偽キリストの出現、各地で起こる戦争のうわさ、民族同士、国同士の争い、飢饉や地震、しかし、それらのことは、産みの苦しみの始まりであって、その後に、クリスチャンに対する迫害が待ち受けているであろうと語られているのです。
想像するだけで、何とも恐ろしい事のように思えるのですが、見方を変えると、クリスチャンに対する迫害は、最後の最後までなるべく起こらないようにして下さるということでもあり、たとえ避けられないことであったとしても、本当に最後の瞬間だけに訪れるものであるということなのでしょう。
私たち一人一人が、人生の最後の瞬間である死の時を迎えるのも同じようなことなのかもしれません。できるだけ避けて通りたいことは、一番後回しにしていて下さる。そんな神様のご配慮のようなものを感じます。
と同時に、その迫害に耐え忍ぶことによって救われ、それが、福音の宣教の業として語られている事は、驚くべきことです。確かに、イエス様の弟子たちがそうでした。彼らは、最後の最後まで、迫害にもめげず、キリストの証人としての人生を全うしていきました。そして、そんな彼らの生涯をかけた証によって、全世界への宣教の礎ともなっていったのです。
終わりよければ全てよし、ということわざがありますが、私たちの人生の最後の時まで、イエス・キリストの救いを信じる者として生き抜いていくことができるようにしていきたいものです。

2テモテ4:7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
4:8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。