マタイ24章15~28節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ24:15 それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)

24:23 そのとき、『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者があっても、信じてはいけません。
24:24 にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。

この箇所を読んでいて、ふと、テレビによくでている(らしい)怪しい占い師のことを思い出しました。他人に対する裁きや呪いの言葉を、面白おかしく語っているようですね。私は一度も見たことが無いので詳しい事は知りませんが、その明快な語りっぷりに、世間が面白がっているのでしょうか。
おそらく、テレビを見ている人に代わって、人の心の中にある妬みや恨み、怒りなどを、占い師が語ることによって、毒舌を吐き出したような気持ちになって、快感を覚えるのでしょうか。
いずれにせよ、他人の非難や中傷を、テレビという公共の場を用いて放映するということは、まさに、世の末。どこかの会社が株を買っただの、どこに正義があるだの、そういう問題以前のような気もします。

マタイ24:28 死体のある所には、はげたかが集まります。

悪い物が集まるところ、そこは、滅びへの入り口です。
しかし、良い物、聖なる物の集まるところには、必ず、救いに到る道があるはずです。
それらを見極める目を持ち、意識的に選び取って行く事が大切なのではないでしょうか。

マタイ7:13 狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。
7:14 命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
7:15 にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
7:16 あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
7:17 そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
7:18 良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
7:19 良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。

少なくとも、他人の悪口や呪いの言葉を言わないように心がけ、なるべく他人の徳を高める言葉、慰めの言葉、救いに到る命の言葉を意識的に語るようにしていきたいものです。