マタイ19章16~30節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

あるお金持ちの青年が、イエス様のところにやってきて「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」と尋ねました。この質問に対するイエス様のお答えは、「なぜ、善いことについて、わたしに尋ねるのか。善い方はおひとりである。もし命を得たいのなら、掟を守りなさい。」というものでした。
このことは、このお金持ちの青年が、自分の正しい生き方をイエス様に認めてもらおうとして、あえて、このような尋ね方をしたため、それを察知されたイエス様が、そのような考え方は好ましくないということを示そうとして、このようにお答えになられたのではないかと思うのです。

マタイ19:21 イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」
19:22 青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。

イエス様は、彼に対して、「もし完全になりたいのなら・・・」と言って、彼の考えている事柄が、いかにして救われるかということよりも、いかにして、清く正しい生き方ができるかということに注目するものであり、そのような願いは、実は、人間が神様のようになろうとする行為であり、神に創られた被造物に過ぎない人間が、その領域を超えて、神そのものになろうとする高慢な行為に等しいものなのだということをお示しになろうとしているように思うのです。

マタイ19:17 イエスは言われた。「なぜ、善いことについて、わたしに尋ねるのか。善い方はおひとりである。もし命を得たいのなら、掟を守りなさい。」

完全な者になりたいのか、それとも、命を得たいのか。
どちらに照準を当てるかによって、イエス様のお答えの意味は異なります。
完全な者になりたい人には、掟を守ることとは、イエス様が仰せられたように、あなたの持ち物を売って、貧しい人に施しなさいということになるでしょう。しかし、命を得たいと思う者には、掟を守ることとは、あなたを創り、あなたを愛し、あなたを救ってくださる、主なる神様を愛し、信頼しなさい、という意味になるのです。

マタイ19:23 イエスは弟子たちに言われた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。
19:24 重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
19:25 弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、「それでは、だれが救われるのだろうか」と言った。
19:26 イエスは彼らを見つめて、「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」と言われた。

人間には不可能なこと、すなわち、この私が永遠の命を頂いて救われるという出来事を、主イエス・キリストの神様が成し遂げて下さったことを感謝しつつ、信じます。アーメン。