詩篇146篇 | 聖書日課 デボーションノート

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聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇146篇は、非常に短い詩でありながら、聖書における主なる神様が、どのようなお方であられるのかということについて、幾つかの表現で記されています。

詩篇146:6 天地を造り海とその中にあるすべてのものを造られた神を。とこしえにまことを守られる主は
146:7 虐げられている人のために裁きをし飢えている人にパンをお与えになる。主は捕われ人を解き放ち
146:8 主は見えない人の目を開き主はうずくまっている人を起こされる。主は従う人を愛し
146:9 主は寄留の民を守りみなしごとやもめを励まされる。しかし主は、逆らう者の道をくつがえされる。

主なる神様は、この世界を造り、とこしえに真を尽くし、見えない人の目を開き、うずくまっている人を起こし、従う人を愛し、寄留の民を守り、みなしごを励まされる。
しかし、逆らう者の道は覆されると。

このような御業をなさる神様に対し、

詩篇146:5 いかに幸いなことかヤコブの神を助けと頼み主なるその神を待ち望む人

と、信頼を寄せる者は幸いであると語られています。

しかし、私たちの身の回りにおいて、このような数々の奇跡的な御業が、はっきりと目に見える形で現されているかというと、そうでもないように見えます。
しかし、だからこそ、「神を信頼し、待ち望む」という表現が用いられているのでしょう。

イエス様の弟子のトマスは、イエス様が復活された日、よみがえられたイエス様とお会いすることができませんでした。しかし、そんなトマスにも、イエス様は現れて下さって、「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」とお命じになられました。

ヨハネ20:27 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
20:28 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
20:29 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
20:30 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。
20:31 これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

聖書の御言葉には、不思議な力があります。信じない者には、愚かな出来事。しかし、信じる者には、永遠の命。あなたは、どちらを選びますか?