歴代誌における、イスラエルの王ダビデの姿は、まさに、英雄そのものであり、偉大な王としての描写が数多く語られているように思います。
その中でも、その理由の一つとして取り上げられる事に、彼自身の手によって、聖地エルサレムへ、神の契約の箱を運び込み、聖所としての機能を完成させたことにあると言えます。
歴代誌上16章には、その時の様子が記されていますが、盛大な礼拝の様子、特に、大聖歌隊による賛美の内容が記されていて、まさに、神の平和(エルサレム)の到来を祝う、至福の時が歌われていると言えるでしょう。(8~36節)
私たちが、神様に賛美を捧げる時、この賛美の歌は、たいへん意味深いものであると思います。
なぜならば、この賛美の言葉には、
・神が成し遂げられた救いの感謝
・その救いが自分たちのためであり、全世界の民のためである
・故に、救いの知らせを告げ知らせるべきである
という要素が含まれているからです。
ふと、我々の賛美について考えてみました。
特に、礼拝で捧げられる賛美は、一体、何を願って捧げられているだろうか。
「信仰の告白」と「宣教」という観点から賛美を捧げているだろうか。
賛美の持つ意味・重要さというものを改めて考え直し、取り組んでみたいものです。
歴代誌上16:35 祈って言え。わたしたちの救いの神よ、わたしたちを救い諸国の中からわたしたちを集め救い出してください。聖なる御名に感謝をささげ あなたを賛美し、ほめたたえさせてください。
16:36 イスラエルの神、主をたたえよ 世々とこしえに。民は皆、アーメンと答えよ。主を賛美せよ。