歴代誌上12章には、ダビデの優秀な部下たちの名前が列挙されています。
ある者は、右手でも左手でも弓を投じる事ができたり、またある者は、山を駆ける鹿よりも早く走る事ができたり、最も弱い者でも100人、最も強い者なら1000人を相手にすることができるほどの勇士たちが集まって、ダビデに仕える者たちの軍隊が形成されていました。
しかし、そんな優れた能力を持った部下たちがいれば、普通は、謀反を起こしたり、ダビデに代わって、イスラエルの王になろうと企む者が起きてもおかしくなさそうなのですが、彼らは、忠実に、ダビデに従っていくことを決心していたのです。
それほど、ダビデが優秀な人物であったということを、この記述は物語っているのでしょう。
今の時代の日本では、優れた人物を敬うということや、目上の人に従うということは、もはや、死語のようになっているように感じられる時があります。
子供が大人を馬鹿にして言う事を聞かず、生徒は教師に向かって「殴れるものなら殴ってみろ!」と言って挑発します。そして、悲しい事に、キリストの教会の中にも同様なことが起こる時もあります。
そんな時代だからこそ、他人を愛し、敬い、信頼することを説く聖書の御言葉が必要なのではないでしょうか。
もしかしたら、相手は、自分よりも劣っているかもしれない。でも、相手を敬い、畏れをもって信頼し、愛していくことから始めていかなければ、そこに、平和な交わりは成り立たないのです。
歴代誌上12:17 ベニヤミン族とユダ族の人々も、要害にいるダビデのもとに来た。
12:18 ダビデは彼らの前に出て、こう言った。「もしあなたたちが平和を望んでわたしを助けようとして来たのなら、わたしもあなたたちと心を一つにしよう。しかし、もしわたしを欺いて、敵に引き渡すつもりなら、わたしたちの先祖の神がそれを見て、責め立ててくださるように。わたしはこの手でどんな不法も働いたことがないのだから。」
12:19 すると霊が三十人隊の頭アマサイに降った。「ダビデよ、わたしたちはあなたのもの。エッサイの子よ、あなたの味方です。平和がありますように。あなたに平和、あなたを助ける者に平和。あなたの神こそ、あなたを助ける者。」ダビデは彼らを受け入れ、部隊の頭とした。
ダビデにとっても、部下は必要な存在です。彼らの助けがなければ、何事も達成する事はできません。そして、もちろん、部下にとってもダビデは必要な存在です。ダビデがいなければ、心を一つにすることもできなかったでしょう。
誠実な心で神を敬うダビデがいて、彼を信頼し、従おうとする部下がいて、平和な国が守られていくのです。
今日、私たちに求められていることも、基本的には同じような事だと思います。
目の前にいる方を敬い、信頼し、愛し、そして、仕えていきたいですね。