歴代誌上11章には、ダビデ王の部下たちの業績が語られ、30人の勇士たちが誉ある働きをしていたことが語られています。
そのうち、ヨアブ、ヤショブアム、エルアザルの3人は、三勇士とも呼ばれ、側近中の側近としての活躍をしていたことが記されています。
歴代誌上11:15 三十人の頭の中の三人が、アドラムの洞窟にいるダビデを訪ねて岩山に来たことがあった。ペリシテ人の陣営がレファイムの谷に張られていた。
11:16 ダビデは要害におり、ペリシテ人の駐屯部隊はベツレヘムにいた。
11:17 ダビデは、「ベツレヘムの城門の傍らにある、あの井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」と切望した。
11:18 三人はペリシテの陣を突破し、ベツレヘムの城門の傍らにある井戸から水をくみ、ダビデのもとに持ち帰った。ダビデはこの水を飲むことを望まず、注いで主にささげ、
11:19 こう言った。「わが神よ、わたしはこのようなことを決してすべきではありません。彼らは命をかけて持ってきてくれたのです。彼らの命のかかった血をわたしが飲むことができましょうか。」ダビデはその水を飲もうとしなかった。以上が三勇士の武勲である。
この3人の勇士たちは、なにげなくつぶやいたダビデの言葉に、身を挺して、ペリシテの陣営を付きぬけ、ベツレヘムの門にある井戸の水を持ち帰ってきました。
ダビデの言葉から、彼らが、必死で王に水を持ち帰るために、その身に無数の傷を負い、血まみれになって帰ってきたであろうことが伺えます。まさに、命がけの行動であったのでしょう。
何もそこまでしなくても、と思うかもしれませんが、彼らのこのような命がけの行動から、主イエス様の私たちへ向けられた、命がけの愛の大きさを示されるように思うのです。
何も、命をかけてまで、そこまでしなくても・・・と思えるほどに、神様は私たちを愛して下さり、文字通り、血まみれになり、命をかけて、私たちのために、命の水を与えて下さいました。
ヨハネ4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」
ダビデは、彼らの命がけの行為に心を打たれ、その水を、最高の捧げ物として主に捧げました。
私たちの捧げ物も、主がお与えくださった、御子イエス様の命。
最高で最善の犠牲を与えて下さった主に感謝いたします。