列王記下15章 | 聖書日課 デボーションノート

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聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記下15章には、亡国の危機に瀕する、北イスラエル王国の末期の状況が記されており、謀反などによって、王がめまぐるしく変わっていく様子が記されています。
彼らの王位は、ゼカルヤ王6ヶ月、シャルム王1ヶ月、メナヘム王10年、ペカフヤ王2年、ペカ王20年と、いずれも短命に終わり、最後のペカ王の時代には、ついに、アッシリヤの侵攻によって、領土を占領されてしまい、やがて、亡国へと突き進んでいきました。

この間、南ユダの王は、アマツヤの子アザルヤが王位についていましたが、彼も晩年は、思い皮膚病に悩まされ、実質は、息子のヨタムが国を治めていたことが記されています。
いずれも、神様を敬わないことによる神の裁きの故であると言えるでしょう。

アザルヤは別名ウジヤとも呼ばれ、イザヤ書6章の記述によると、彼が死んだ年、旧約聖書における偉大な預言者イザヤが、神様からの召命を受け、預言者としての活動を開始したことが伺えます。

イザヤ6:1 ウジヤ王が死んだ年のことである。わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。
6:2 上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。
6:3 彼らは互いに呼び交わし、唱えた。「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。主の栄光は、地をすべて覆う。」
6:4 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。
6:5 わたしは言った。「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者。しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た。」
6:6 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。
6:7 彼はわたしの口に火を触れさせて言った。「見よ、これがあなたの唇に触れたのであなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」
6:8 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」わたしは言った。「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください。」

イスラエルの国が亡国の危機に瀕していた時、主なる神様は、一人の預言者イザヤを起こし、神の救いの約束の言葉を語らせようとしていたのです。
まさに、暗闇の中に、一筋の光明。

いつの時代にも、先の見えない暗闇を歩まなければならないようなことはあります。しかし、主なる神様は、必ず、救いの約束を、御言葉を通して語りかけて下さいます。
ですから、どんな状況の中にあっても、希望の光を見失わないでいたいものです。