レビ記 24:5 あなたは上等の小麦粉を用意し、それぞれ十分の二エファの分量の輪形のパンを十二個焼く。
24:6 それを一列に六個ずつ二列に並べ、純金の机の上に置いて主の御前に供える。
24:7 各列に純粋の香料を添える。それはパンのしるしとして燃やして主にささげる。
24:8 アロンはイスラエルの人々による供え物として、安息日ごとに主の御前に絶えることなく供える。これは永遠の契約である。
24:9 このパンはアロンとその子らのものであり、彼らはそれを聖域で食べねばならない。それは神聖なものだからである。燃やして主にささげる物のうちで、これは彼のものである。これは不変の定めである。
24:6 それを一列に六個ずつ二列に並べ、純金の机の上に置いて主の御前に供える。
24:7 各列に純粋の香料を添える。それはパンのしるしとして燃やして主にささげる。
24:8 アロンはイスラエルの人々による供え物として、安息日ごとに主の御前に絶えることなく供える。これは永遠の契約である。
24:9 このパンはアロンとその子らのものであり、彼らはそれを聖域で食べねばならない。それは神聖なものだからである。燃やして主にささげる物のうちで、これは彼のものである。これは不変の定めである。
詩篇 81:2 わたしたちの力の神に向かって喜び歌い ヤコブの神に向かって喜びの叫びをあげよ。
81:3 ほめ歌を高くうたい、太鼓を打ち鳴らし 琴と竪琴を美しく奏でよ。
81:4 角笛を吹き鳴らせ 新月、満月、わたしたちの祭りの日に。
81:5 これはイスラエルに対する掟 ヤコブの神が命じられたこと。
81:6 エジプトの地を攻められたとき ヨセフに授けられた定め。わたしは思いがけない言葉を聞くことになった。
81:7 「わたしが、彼の肩の重荷を除き 籠を手から取り去る。
81:8 わたしは苦難の中から呼び求めるあなたを救い 雷鳴に隠れてあなたに答え メリバの水のほとりであなたを試した。
81:9 わたしの民よ、聞け、あなたに定めを授ける。イスラエルよ、わたしに聞き従え。
81:10 あなたの中に異国の神があってはならない。あなたは異教の神にひれ伏してはならない。
81:11 わたしが、あなたの神、主。あなたをエジプトの地から導き上った神。口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。
81:3 ほめ歌を高くうたい、太鼓を打ち鳴らし 琴と竪琴を美しく奏でよ。
81:4 角笛を吹き鳴らせ 新月、満月、わたしたちの祭りの日に。
81:5 これはイスラエルに対する掟 ヤコブの神が命じられたこと。
81:6 エジプトの地を攻められたとき ヨセフに授けられた定め。わたしは思いがけない言葉を聞くことになった。
81:7 「わたしが、彼の肩の重荷を除き 籠を手から取り去る。
81:8 わたしは苦難の中から呼び求めるあなたを救い 雷鳴に隠れてあなたに答え メリバの水のほとりであなたを試した。
81:9 わたしの民よ、聞け、あなたに定めを授ける。イスラエルよ、わたしに聞き従え。
81:10 あなたの中に異国の神があってはならない。あなたは異教の神にひれ伏してはならない。
81:11 わたしが、あなたの神、主。あなたをエジプトの地から導き上った神。口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。
ヨハネ 7:19 モーセはあなたたちに律法を与えたではないか。ところが、あなたたちはだれもその律法を守らない。なぜ、わたしを殺そうとするのか。」
7:20 群衆が答えた。「あなたは悪霊に取りつかれている。だれがあなたを殺そうというのか。」
7:21 イエスは答えて言われた。「わたしが一つの業を行ったというので、あなたたちは皆驚いている。
7:22 しかし、モーセはあなたたちに割礼を命じた。――もっとも、これはモーセからではなく、族長たちから始まったのだが――だから、あなたたちは安息日にも割礼を施している。
7:23 モーセの律法を破らないようにと、人は安息日であっても割礼を受けるのに、わたしが安息日に全身をいやしたからといって腹を立てるのか。
7:24 うわべだけで裁くのをやめ、正しい裁きをしなさい。」
7:20 群衆が答えた。「あなたは悪霊に取りつかれている。だれがあなたを殺そうというのか。」
7:21 イエスは答えて言われた。「わたしが一つの業を行ったというので、あなたたちは皆驚いている。
7:22 しかし、モーセはあなたたちに割礼を命じた。――もっとも、これはモーセからではなく、族長たちから始まったのだが――だから、あなたたちは安息日にも割礼を施している。
7:23 モーセの律法を破らないようにと、人は安息日であっても割礼を受けるのに、わたしが安息日に全身をいやしたからといって腹を立てるのか。
7:24 うわべだけで裁くのをやめ、正しい裁きをしなさい。」
イエス様は、安息日に人を癒したことで、安息日に禁じられていた仕事をしたといって批判されていた。
しかし、人を癒すということは、すなわち人を生かすことであり、本来の安息日の意図に沿うものと言える。
安息日は、人が神によって救われ、生かされていることを思い起こすためにあるのだから。
もっとも、イエス様を批判していた人たちは、イエス様が安息日に働かれたことよりも、御自分が神の子であられると言っていることを重大な律法違反であると考えていたのであろう。
彼らにとって、神は唯一のお方であり、神聖で、モーセもそうであったように、神の御姿をこの目で見ることなどできるわけがないと考えていたはずである。
しかし、イエス様は彼らの前にそのお姿を現わされた。
まことの神を目撃したにも関わらず、すぐに滅ぼされなかったのは、イエス様が裁くためではなく救うために来られたお方だったからであろう。
イエス様を信じない人たちは、すぐに滅ぼされなかったとしても、信じないことによって自ら裁きを手にしているようなものである。
ヨハネ 3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。
3:18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。
3:19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。
3:20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。
3:21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」
3:18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。
3:19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。
3:20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。
3:21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」
心を頑なにして、自ら滅びを招くような生き方をやめ、神の成し遂げられた救いの御業に頼り、永遠の命にあずかることのできる生き方を選んでいきたいものである。