ハバクク2章5~11節、詩篇3篇、1ヨハネ5章1~5,13~21節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ハバクク 2:5 確かに富は人を欺く。高ぶる者は目指すところに達しない。彼は陰府のように喉を広げ 死のように飽くことがない。彼はすべての国を自分のもとに集め すべての民を自分のもとに引き寄せる。
2:6 この人々は皆 彼に対して嘲りのことわざを歌い 謎の風刺を浴びせる。災いだ、自分のものでないものを 増し加える者は。いつまで続けるのか 重い負債を自分の上に積む者よ。
2:7 突然、お前の債権者が立ち上がり 恐れさせる者が目覚め お前は彼らの獲物にされないだろうか。
2:8 まことに、お前は多くの国々を略奪したので 諸国の民の残りの者すべてがお前を略奪する。お前が人々の血を流し、国中で不法を 町とそのすべての住民に対して行ったからだ。
2:9 災いだ、自分の家に災いを招くまで 不当な利益をむさぼり 災いの手から逃れるために 高い所に巣を構える者よ。
2:10 お前は、自分の家に対して恥ずべきことを謀り 多くの民の滅びを招き、自分をも傷つけた。
2:11 まことに石は石垣から叫び 梁は建物からそれに答えている。

詩篇 3:1  賛歌。ダビデの詩。ダビデがその子 アブサロムを逃れたとき。
3:2 主よ、わたしを苦しめる者は どこまで増えるのでしょうか。多くの者がわたしに立ち向かい
3:3 多くの者がわたしに言います 「彼に神の救いなどあるものか」と。
3:4 主よ、それでも あなたはわたしの盾、わたしの栄え わたしの頭を高くあげてくださる方。
3:5 主に向かって声をあげれば 聖なる山から答えてくださいます。
3:6 身を横たえて眠り わたしはまた、目覚めます。主が支えていてくださいます。
3:7 いかに多くの民に包囲されても 決して恐れません。
3:8 主よ、立ち上がってください。わたしの神よ、お救いください。すべての敵の顎を打ち 神に逆らう者の歯を砕いてください。
3:9 救いは主のもとにあります。あなたの祝福が あなたの民の上にありますように。

1ヨハネ 5:1 イエスがメシアであると信じる人は皆、神から生まれた者です。そして、生んでくださった方を愛する人は皆、その方から生まれた者をも愛します。
5:2 このことから明らかなように、わたしたちが神を愛し、その掟を守るときはいつも、神の子供たちを愛します。
5:3 神を愛するとは、神の掟を守ることです。神の掟は難しいものではありません。
5:4 神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。
5:5 だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。
5:13 神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。
5:14 何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れてくださる。これが神に対するわたしたちの確信です。
5:15 わたしたちは、願い事は何でも聞き入れてくださるということが分かるなら、神に願ったことは既にかなえられていることも分かります。
5:16 死に至らない罪を犯している兄弟を見たら、その人のために神に願いなさい。そうすれば、神はその人に命をお与えになります。これは、死に至らない罪を犯している人々の場合です。死に至る罪があります。これについては、神に願うようにとは言いません。
5:17 不義はすべて罪です。しかし、死に至らない罪もあります。
5:18 わたしたちは知っています。すべて神から生まれた者は罪を犯しません。神からお生まれになった方が、その人を守ってくださり、悪い者は手を触れることができません。
5:19 わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。
5:20 わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。
5:21 子たちよ、偶像を避けなさい。



人間とは罪深い存在であり、自分の欲望をみたすために、他者から様々なものを奪ってでも生き続けようとする。
そして、一人だとできないことも、複数の人間が力を合わせれば、より強大な力を発揮することを知っているため、徒党を組み、それはやがて国家のような共同体をもって他国と争うようなことも起きる。
令和の時代でも、世界では相変わらず前時代的な戦争が続いているが、そんな戦いを続けたところで、真の幸いなどやってこないということを誰もが知っているはずなのに、愚かな人間は、戦いや争いを続けてしまう。
本当に戦うべきは、そんなとことろにはないはずである。
私たち人間にとって、本当の敵は死であり、イエス様が私たちの代わりに戦って下さって勝利して下さった。
それが聖書における救いの約束であり、私たちは、この救いの約束に信頼することによて、まことの勝利にあずかることができるのである。

1コリント15:25 キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっているからです。
15:26 最後の敵として、死が滅ぼされます。

私たち人間にとって、最後にして最大の敵である死をイエス様は打ち破り、よみがえり、イエス様を信じる全てのものに、イエス様と同じ永遠の命を与えて下さると約束されているのなら、何をこれ以上欲し、他者と争い、打倒し、奪い合い、殺し合う必要があるのだろうか。
どこかの国で起きている紛争に限らず、私たち一人一人も、愚かな妬みあいや争いをやめ、本当の平和のうちに生きていけるように心から願う。
そのためにイエス様は命をささげられたのだから。